Architecture Dialogues
Positions – Concepts – Visions
Marc M. Angelil / Jorg Himmelreich (Editors)
Verlag Niggli
Peter Zumthor(ペーター・ツムトア、日本ではピーター・ズントーが一般的)
http://images.google.co.jp/images?hl=ja&ie=Shift_JIS&q=Peter+Zumthor&lr=&oe=Shift_JIS&um=1&sa=N&tab=wi
YouTube(Peter Zumthor)
http://jp.youtube.com/results?search_query=Peter+Zumthor&search=%E6%A4%9C%E7%B4%A2
THermal Baths Vals,Peter Zumthor
http://www.google.co.jp/images?hl=ja&q=THermal%20Baths%20Vals%2CPeter%20Zumthor&rlz=1B7GGLL_jaJP393JP393&um=1&ie=UTF-8&source=og&sa=N&tab=wi
P.89
J. Christoph Bürkle:それはとても簡単に聞こえる。
Peter Zumthor:全然簡単じゃない。第一に最も重要なこととして、それはパッション(情念)だ。私がおそらくうまくできるものとできないものがある。例えば、私は本当にテニスをすることが好きだが、テニスの特別な才能があるわけではない。私は何十年も私が求めるかぎり実践することができる。しかし、私がロジャー・フェデールを見るとき、彼はシンプルにテニスをする才能を持っている。一人の建築家として、そのために私には才能がいるということがある。それは私にはより簡単だ。それらは私に与えられている。
J. Christoph Bürkle:あなたのワーク(作品、取り組み)にはテーマ(主題)の厳格さがある。テーマ(主題)は繰り返し取り上げられ、幾つかは背景に退くが、それにもかかわらず存在(現前)したままである。
Peter Zumthor:それがいつもの私だ。私は如何なる妥協もしない。人々はそれを知っている。私はお金のために建てない。私はいつも私ができるかぎり入念に(注意深く、十分に)している。それは殆どカントの至上命令(良心の絶対無条件的道徳律)だ。私はまるでそれが私の為のものであるかのように他者の為に設計を創造する。それは最も高いベンチマーク(基準点)だ。それは自閉的ではない。それどころか、もし私が私の満足(納得)の為にそれを作るのであれば、それは同じ様に多くの他者も喜ばせる(満足させる)ということに私は気がついた。
P.90
J. Christoph Bürkle:あなたのインタビューの内の一つで、「Autorenachitecktur」-[auteur architecture(作家建築)]という言葉が出てきていて、それはあなたのワーク(作品、取り組み)に関して私にはとてもぴったりなように思われた。
Peter Zumthor:ええ、それは私のワーク(作品、取り組み)の見事な解説だ。私はauteur architecture(作家建築)を作っている。しかし私は独裁者の様な作家としてそうしているのではない。私は、私のコンポジション(詩、音楽作品、美術作品)を成し遂げるために私を手伝ってくれる素晴らしいオーケストラと信じられないくらい素晴らしい器楽家を必要としたということを、十分承知している。誰かが私の事務所で働きたいと言ってきたとき、私はいつも言う「ここで働くことは、私を助けることを意味する。もしあなたが、私のテーマ(主題)を追求し、発展(展開)し、批評することに興味があるのであれば、始めよう!」と。
Immanuel Kant(イマヌエル・カント)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%9E%E3%83%8C%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%88
Martin Heidegger(マルティン・ハイデガー)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%87%E3%83%83%E3%82%AC%E3%83%BC