The Conversation Series 13
Olafur Eliasson
Hans Ulrich Obrist
Verlag der Buchhandlung Walther Konig,Koln

Olafur Eliasson(オラファー・エリアソン)
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You Tube(Olafur Eliasson)
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Hans Ulrich Obrist (ハンス=ウルリッヒ・オブリスト)
http://en.wikipedia.org/wiki/Hans_Ulrich_Obrist
You Tube(Hans Ulrich Obrist)
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P.15
Hans Ulrich Obrist:幾らかの人々はあなたの作品は自然と関係していると感じているが、その川は自然と人工物のハイブリッド以上のものではないですか?

Olafur Eliasson:確かに。兎に角、何が自然なのか?そして誰が本当に文化と自然の間の境界の為のこの絶え間ない探究に関心を持っているのか?もし自然があるのであれば、私はそこにいる人々と彼らがいる場所についての彼らのアイデア(考え)を通してそれに到達する。

P.16
Olafur Eliasson:もし、如何なる人々もいなければ、所謂自然は私に興味を抱かせない。

→自然と人工の間には境界はない。何故境界があると思う(信仰する)かというとそれは言葉(記号)の「差異のシステムの中で生じる差異化(境界付け)」の力によるものである。(井戸)

Ferdinand de Saussure(フェルディナン・ド・ソシュール)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%8A%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%BD%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%AB

Hans Ulrich Obrist:公の空間への人目につかない介入や制作依頼なしでの様にお決まりの枠組みの外で物事をし始めたのはいつですか?

Olafur Eliasson:私はそれは形式化を避ける為に必要だったと思う。私がする作品はあれやこれやで関係している人々にとても拠っている。幾つかの点で、慣例の中での展示は商品として扱うべきでないものの商品化、つまり見ることや考えることまでもの商品として扱うべきでないものの商品化のバリア(境界線)と衝突する。私の作品はアートの現実の作品よりもむしろ、とてもかなりあなた自身を見たり経験したりするプロセスについてであり、それは、あなたが知覚の慣習を問うことを促進されているよりもむしろ制度化した構造を通してあなたの見る方法が形式化されている時、問題がある。だから、その場で作られた介入で外部に取り組むことは、私の作品を形式的に(公式に)融解し慣例(制度)の形式化する力(権力)の正体を暴き、そして、勿論観客を引き込み(魅了し)たい欲望を表わしている。

→デリダやバルトの影響だろう。(井戸)

Jacques Derrida(ジャック・デリダ)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%87%E3%83%AA%E3%83%80
Roland Barthes(ロラン・バルト)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%AB%E3%83%88

Hans Ulrich Obrist:あなたの最初の介入は何だったのですか?

Olafur Eliasson:最初のものの一つは1997年のヨハネスバーグ・ビエンナーレでのものだった。私は写真のシリーズを寄与する様に招待されていた。しかしながら、私がこれらの写真を展示していた事実は、社会の外部に立ちながら「どのように私はそれを設置すればいいだろう?」という感情を私に与えた。つまりその写真はあまりにも作品として自律的過ぎた。だから私がそこに着いた時、私は直ぐにその上何か他のこと、日和見的でなく、その土地の制度化した枠組みの状況をまた問うだろう何かをしたいと分った。

P.22
Olafur Eliasson:それは、結局侵食プロジェクト[Erosion,1997年]に変わった小さな雨水の貯水槽を私が見た時だ。私は私を助けてくれる人を見つけ、私は展覧会のオープニングの前にそのプロジェクトを作った、だからそれは制度化された枠組みの一部であることをまさに減じているだろう。ビエンナーレのキュレーターや人々は、その場所の一面に水が流れていた時、そのプロジェクトの中間まで私がそれをしていたことを知らなかった。

Hans Ulrich Obrist:それは正確にはどのように見えましたか?

Olafur Eliasson:私は貯水槽から水を空にした。それは小さな川の様にその都市を通って1.5kmの間流れていた。それは不思議に(驚くべきことの様に、素晴らしく)、同時にとてもシンプルで詩的に見えた。

Hans Ulrich Obrist:サンパウロのビエンナーレでは、私達は内部にいて、あなたのピース(作品)の上でアイススケートをしている多くのアート鑑賞者達がいた[The very large ice floor,1988年]、そして一方、外部では、実際のスケートボーダー達がそのマージン(縁、余白)を使っていた。その二つの観客はある程度は本当にミーティングなしで会った。この偶然の出会いをどのように考えていましたか?

Olafur Eliasson:ああ、もしかするとそれは実際に彼らをお互いにずっと離れた様にさえ動かしたかもしれない、あるいは少なくとも展覧会場の中の人々と外部の人々との間の隔たりを暴露したかもしれない。二つのグループの間の隔たりは彼らを分離している窓のガラスによってより大きく作られた。私達を取り囲むものへの触知できる関係性を失うことについてや、そのまさにピクチャーを保つことについて話しているのは誰か?それはリチャード・セネットだと思う。

Richard Sennett(リチャード・セネット)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%BB%E3%83%8D%E3%83%83%E3%83%88