What Is Art?
Conversations With Joseph Beuys
Edited with essays by Volker Harlan
CLAIRVIEW

Joseph Beuys(ヨーゼフ・ボイス)
http://images.google.co.jp/images?client=firefox-a&rls=org.mozilla:ja-JP-mac:official&channel=s&hl=ja&q=Joseph+Beuys&lr=&um=1&ie=UTF-8&sa=N&tab=wi
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%82%BC%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%9C%E3%82%A4%E3%82%B9
美術家の言葉(ヨーゼフ・ボイス)
http://www.b-sou.com/palw-Beuys.htm
You Tube(ヨーゼフ・ボイス)
http://jp.youtube.com/results?search_query=Joseph+Beuys&search_type=
P.11
Joseph Beuys:私にとって、それは単に私自身から現われる何かを許す問題になりえない。それはそれが何についてなのかということではない、つまり単純に現われる何かを許すことではない。これは明らかに一つのプロセスであるが、そのプロセス自身は私が言うそのような方法で見られるべきである、つまり素晴らしい何かは私から現われるが、それはそれ自身の中に何か質を持つのか?ということだ。これは勿論、アートはどういうわけか私からまさに現われたプロセスであり、吐き出された何かの様であると単純に言うことができない、というのも現われるものは勿論全くの間違ったものにもなりうるからだ。だから何かにとって私達から現われるものにそのままにさせておくことによって如何に古くてどのように単純であっても私達から現われることは十分ではなく、そして必ずしも現われるものは正しいとは限らない。それは困難が始まる場所であり、私達各々には、折に触れて、如何に私がそれを据えるだろうかとか、いつ私達は単純にプロセスが展開することを許しそれ以上のことをしなくなるかとかいう、例えば病理学の写真の様に現われる、フォース(力)がある。それは起こりうる。事実、少なくとも私の経験では、それはしばしば事実である。だからこれはあなたの出発点だ、あなたは言う、あるいは心配する、もし、期待している(先行している)方法で、ある人が一揃いの特別なアイデア(考え)を提唱し、このことがアートには有害であったらと。それは如何に私があなたが言ったことを経験したかということである。あなたはこのあらかじめ決定された概念で見た。あなたはおそらく、何かが現われる前に、つまり何かが芸術的なものからやってきうる、あるいはすべての潜在的なフォース(力)を手にはめることができる前に、一種の知的に計画されたプロセスがあるだろうと考えさえもしたかもしれない。それは多かれ少なかれ如何に私がその問いを理解したかということだ。
質問者:はい、私はその間、つまり「単純にすること」と「イデオロギーを持つこと」の間の何かを意味していて、それは、私が信じるに、実際にプロジェクトを危険にさらすだろう。
Joseph Beuys:そうだ、私達はまだイデオロギーについて話していなかった。
質問者:はい、あなたはそれを話に出してはいないが、もしよければ・・・
Joseph Beuys:例えば、イデオロギーは・・・
質問者:・・・それは容易に矛盾し、如何に人がこれを解くかは・・・あなたがまさに「それが起こるままにさせておく」ことができないということを提示するのでは?なぜなら、一方で、たとえ私がここで前にあなたが言ったことがイデオロギーだったと提案していなくても、あなたがすることはあるディレクション(指揮、方向)をまた持つと言うことをあなたははっきりと知っているからだ。
P.12
実践と現実化
Joseph Beuys:しかし最初に私達はイデオロギーのネイチャー(自然、本質)について話す必要がある。あなたがまさに言ったこと、これらのことについて考えることや、それらについて本当に批評的に考えることがイデオロギーになりうるというこの恐れは、私が同じ方法で見ない何かである。