Peter Eisenman Diagram Diaries
UNIVERSE

Peter Eisenman(ピーター・アイゼンマン)
http://images.google.co.jp/images?hl=ja&ie=Shift_JIS&q=Peter+Eisenman&lr=&oe=Shift_JIS&um=1&sa=N&tab=wi
YouTube(Peter Eisenman)
http://jp.youtube.com/results?search_query=Peter+Eisenman&search=%E6%A4%9C%E7%B4%A2

P.205
Peter Eisenman:そのダイアグラムは批評(批判)的な戦略の中にある戦術的なものだ。つまり、それはフィジカル(物質的、身体的)なオブジェクト(もの、客体)の中に理論的なオブジェクト(もの、客体)に位置を与えようとしている。

P.206
Peter Eisenman:それは、建築の機能的でアイコニック(偶像的、因習的)でフィジカル(物質的、身体的)なオブジェクト(もの、客体)を置き換える(外す、追い払う)そのワーク(作品、取り組み)の批評的(批判的)なコンテント(内容、意味、意義)である理論的なオブジェクト(もの、客体)と内在性との間の関係性である。それは、ある意味で、批評(批判)的なアクティビティー(営み、作業)の痕跡である埋め込まれた理論的なオブジェクト(もの、客体)である。つまり、それは、このイデオロギー(観念、特定文化の考え方)的になるアクティビティー(営み、作業)だ。
すべてのダイアグラムは理論的でイデオロギー(観念、特定文化の考え方)的両方だ。つまり、それらは理論についてのイデオロギー(観念、特定文化の考え方)を表現している。批評(批判)的なコンテキスト(文脈)でのダイアグラムの使用は、あるイデオロギー(観念、特定文化の考え方)として、クライアントによって無意識的に受け入れられてきた。イデオロギー(観念、特定文化の考え方)は、権力の基本的な状態を脅かすから、ある不安(懸念、疑念)を引き起こす。つまり、イデオロギー(観念、特定文化の考え方)は、純粋に理論的な操作としてではなく、それらの間の関係性の批評(批判)として、スーパー・ストラクチャー(超(過度な)-構成)とサブ・ストラクチャー(副-構成)両方を扱っている。
批評(批判)的に実践するために、ある建築家は、カメレオンがするように、カモフラージュ(偽装)のフォーム(形態、形式)を発展させるに違いない。なぜなら、明らかにすべてのクライアントのための動機付けは、幾らか権力の合法性(適法性、正統性)のフォーム(形態、形式)だからだ。

P.207
Peter Eisenman:建築家達は決して直接的にはこの権力を攻撃することができないが、しかしながら、むしろ幾らか媒介のフォーム(形態、形式)を通してのみ、それを置き換える(外す、追い払う)ことができる。イデオロギー(観念、特定文化の考え方)を教え(悟らせ)、イデオロギー(観念、特定文化の考え方)的に理論付けることは可能だが、私は事務所の中のワーク(作品、取り組み)が、これまで同じイデオロギー(観念、特定文化の考え方)的な特質(傾向)の中にありえたかどうか確信していない。
もし、人が、今から30年を、歴史的に、ワーク(作品、取り組み)を振り返るならば、このイデオロギー(観念、特定文化の考え方)の損失が、最後の段階であり、終盤(大詰め)を占めているものであると言えるのだろうか?あるいは、この出版(発表)が何か他のものに対する新しい幕開けや、イデオロギー(観念、特定文化の考え方)的な必然性(必要性、因果関係、欠乏)からのそのワーク(作品、取り組み)の開放(自由にすること)を印付けると言えるのだろうか?ある意味で、ダイアグラムは事務所のワーク(作品、取り組み)の中である大詰めに達してしまった。終盤(大詰め)として、それだけの何年間ものワーク(作品、取り組み)の後、それは今、理論化されうる。

Platon(プラトン)
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Umberto Eco(ウンベルト・エーコ)
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Charles Sanders Peirce(チャールズ・サンダース・パース)
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Sigmund Freud(ジークムント・フロイト)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%A0%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%88
Ferdinand de Saussure(フェルディナン・ド・ソシュール)
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Claude Lévi-Strauss(クロード・レヴィ=ストロース)
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Edmund Husserl(エトムント・フッサール)
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Maurice Merleau-Ponty(モーリス・メルロー=ポンティ)
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Jacques Derrida(ジャック・デリダ)
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Roland Barthes(ロラン・バルト)
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Noam Chomsky(ノーム・チョムスキー)
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Friedrich Wilhelm Nietzsche(フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ)
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Gilles Deleuze(ジル・ドゥルーズ)
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Pierre-Félix Guattari(ピエール=フェリックス・ガタリ)
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Michel Foucault(ミシェル・フーコー)
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