Hans Ulrich Obrist
Interviews
Volume 1
CHARTA

→このインタヴューは下記にも収録されています。括弧内のページは下記の本のページです。(井戸)

Rem Koolhaas & Hans Ulrich Obrist (Conversation Series 4)

Rem Koolhaas(レム・コールハース)
http://images.google.co.jp/images?hl=ja&inlang=ja&ie=Shift_JIS&q=Rem+Koolhaas&lr=&oe=Shift_JIS&um=1&sa=N&tab=wi
You Tube(Rem Koolhaas)
http://jp.youtube.com/results?search_query=Rem+Koolhaas&search=%E6%A4%9C%E7%B4%A2
Hans Ulrich Obrist (ハンス=ウルリッヒ・オブリスト)
http://en.wikipedia.org/wiki/Hans_Ulrich_Obrist
You Tube(Hans Ulrich Obrist)
http://jp.youtube.com/results?search_query=Hans+Ulrich+Obrist&search=%E6%A4%9C%E7%B4%A2

P.512(P.82)
Hans Ulrich Obrist:クリスチャン・ボルタンスキーのモニュメントはとても興味深い(The Missing House(失われた家)、1990年)。ベルリンのグロスバンブルグ通りで、そこは1945年の空爆によって破壊されたアパートの場所であるが、彼は以前に居住していたのはすべてユダヤ人だったことに気付き、彼は「不在」に捧げられた記念碑的な空間を構築した。

P.513(P.82)
Hans Ulrich Obrist:彼は彼らがそのビルの中に住んでいた空間的に近い場所にその居住者の名前を指し示す様にサイン(記号)を使った。つまり彼らの誕生と死亡の日付や、階級のラインを横切って行く職業等。それは一種のアンチ・モニュメントだ。

P.513(P.83)
Rem Koolhaas:そうだ。

Christian Boltanski(クリスチャン・ボルタンスキー)
http://images.google.co.jp/images?client=firefox-a&rls=org.mozilla:ja-JP-mac:official&channel=s&hl=ja&q=Christian%20Boltanski&lr=&um=1&ie=UTF-8&sa=N&tab=wi

Hans Ulrich Obrist:東西の関係性と交易(交換)についてはどうですか?アートにおいては、ベルリンとモスクワ、ベルリンとプラハの間ではまさにほとんど交易(交換)がない・・・。交易(交換)の不足は、ブラティスラヴァと30分しか離れていないのにまだ人々の頭の中にはこの壁が存在するウィーンではより明白でさえある。

Rem Koolhaas:私はそれは全体的な誤読、つまり沢山の副次的な誤読を持った単一の誤読と関係していると思う。東と西の間の遭遇のアイデア(考え)はまだ差異に基づいている。彼らが理解しなかったものは、そこには差異がないということだった。彼らは彼ら自身を前進した交易所とみなした。最初に西ベルリンが東ドイツの中心にある一種の衛星であり、もう一方の状態の中心に存在するという状態は、彼らがまだ完全には受け入れていない何かであるということに私が至った時、これは私には包括的でないものだった。もしあなたがこれに取り組んでいて、建築的なコンテキストでそれを見ているのであれば、あなたが見るべき作品(取り組み)の一つのグループがある、それはオズワルド・マティアス・ウンガースによる建築の操作であり、それは彼が60年代にTU(ベルリン工科大学)で教授だった時に彼がしたものだ。彼はベルリンを実験室として捉えていて、「これは完全に切り取られ、完全に人為的で、それ故新しい状況を提示している一つの都市のユニークな状況である、だから私はそれを実験室に変えるだろう」と言った。彼は組織的にベルリンの状況を歴史的な小片のプレゼンス(存在、現前性)ばかりでなくとてもユートピア的な未来主義的な次元(規模)で現代的なもののプレゼンス(存在、現前性)で調査研究した。教授として彼は一連のデザイン・セミナーを組織し、それは毎回どのような歴史的なもの現代的なものが共存できるのか、そしてどのようにして新しいナンバー(数、人、演目)や新しいプログラムや歴史的なものが共存できるのかという問いを提示した。

Oswald Mathias Ungers(オズワルド・マティアス・ウンガース)
http://images.google.co.jp/images?client=firefox-a&rls=org.mozilla:ja-JP-mac:official&channel=s&hl=ja&q=Oswald%20Mathias%20Ungers&lr=&um=1&ie=UTF-8&sa=N&tab=wi
http://en.wikipedia.org/wiki/Oswald_Mathias_Ungers

P.513(P.84)
Rem Koolhaas:例えば、彼は高速道路や広場あるいは集合住宅やブランデンブルク門に一年を費やした。彼は完全に現代的な形態でLeipziger広場を如何に再構築するかというとても美しいプロジェクトを作った。それは一種の隠された領域である。今では「プロシア人」建築家の中心人物である、(Jürgen)Sawadeやコールホフの様な人々はそれにまたとても影響を受けた。

Jürgen Sawade
http://images.google.co.jp/images?client=firefox-a&rls=org.mozilla:ja-JP-mac:official&channel=s&hl=ja&q=Jurgen%20Sawade&lr=&um=1&ie=UTF-8&sa=N&tab=wi
http://de.wikipedia.org/wiki/J%C3%BCrgen_Sawade
Hans Kollhoff(ハンス・コールホフ)
http://images.google.co.jp/images?hl=ja&client=firefox-a&channel=s&rls=org.mozilla:ja-JP-mac:official&q=Hans%20Kollhoff&lr=&um=1&ie=UTF-8&sa=N&tab=wi
http://en.wikipedia.org/wiki/Hans_Kollhoff

P.513(P.84)
Rem Koolhaas:だからそこには興味深いアンビギュイティー(曖昧さ、両義性)がある。
そこには一種の潜在的なモダニティー(近代性、現代性)があり、それはコールホフのポツダム広場プロジェクトで明らかだった。だから建築の言語はレトロであったが、建築の、アーバニズムの、コンセプトはとても現代的だった。

→ヘルツォーグが建築に必要だと言うアンビギュイティー(曖昧さ、両義性)を思い出す。(井戸)