El croquis 86 MVRDV 1991-1997(El croquis 86+111 MVRDV 1991-2002)

MVRDV
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YouTube(MVRDV)
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Luis Moreno Mansilla + Emilio Tunon ←インタヴュアー
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P.16(P.20)
MVRDV:ここ2~3週間私達は二つの町の間の空の(住む人のいない)空間の為の提案に取りかかっていた。その存在の為の主な理由は、これらの町を、一種の防火帯として、連結されることから守ることだった。私達はこのヴォイド(空隙)に穴を開け始めた、なぜなら誰もそれが関係しているものが何であるか知らなかったからだ。私達は草原を採り入れるとそれを特別な「共用緑地」に変更しなければならないのでしょうか?あるいは私達は森を採り入れなければならないのでしょうか?もしくは、それらの町を分断することよりもそれらの町を繋ぎ、プログラム・ロケーション(事業予定地)を変更する、拡張された一連の小道によってこのヴォイドの使用を引き起こすことはより興味深くなるのだろうか。このように提案された外周部を中心地に、町それ自身に、マンハッタンの草木のあるバージョンへ変更することは「未知」を「自由」と「柔軟性」の「使用」の誘発へ翻訳する。

P.17(P.21)
MVRDV:例えば、WoZoCo’sでは、あなたは箱の間のヴォイドを話に出した。その点で、ヴォイドは箱によって創り出されている。あなたはまたこの「ヴォイド」をパブリック(公共的)なインテリア(内部)として見なすことも出来得た。この場合に於ては完全に社会的なヴォイドとして、空中の街路として。

WoZoCo
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MVRDV:15メートルかそれくらい離れて隣接するかわりに、キャンティレヴァー(片持ち)の住戸はまた刺激的な眺めを持っている。その建物の別のサイドにある「規則正しい」住戸のバルコニーは、私達が「世間話」ゾーンと読んでいるものを導入しながら、他のスケールのアイデアを繰り返している。
しかし、その言葉「ヴォイド」はあまりに多くの意味を組み入れうるので、再び意味のないようになリ始めている・・・。ヴォイドは何処にでも行く蛇のようだ。あなたはあなたが望めばどこでもそれを使うことができる、だから、それは異なった方法ですべてのプロジェクトに存在する。おそらくそれがアンビギュイティー(曖昧性)についてのものだ。

→Jacque Herzog(H&deM)が述べていたH&deMの建築に於て重要なキーワードである「アンビギュイティー(曖昧性、両義性、多義性)」とはどう違うのだろう?(井戸)

Exterior/Interior(外部/内部)

LMM+ET:この世界を理解する別の方法は建物のアウトライン(外形、概要、原則)をそれを取り囲んでいる空気(雰囲気)の定義付けの結果として考えることだろう。あなたはそのオブジェクトの意味を明確にしないが、その建物に入ってきていてそれを取り囲んでいる空気(雰囲気)の意味を明確にする。例えばBerlin Voids(ベルリン・ヴォイド)で、私達が面白いと見つけたことは、モダニティー(現代性)の中のものとして取り憑かれていない、ソリッドな(連続した)パズルを解くように発生している異なったタイプのアパートメントよりもむしろ住戸の間で創り出されたヴォイドである・・・。

MVRDV:この場合ではそれは単にフォーム(形、形式)とアンチ・フォーム(形に対するもの、非形式)や想像を絶するアンチ・フォーム、あるいはあなたがそれらを呼ぶようにヴォイドのゲームに過ぎなく、それらのいくらかは他のものより、より観念的でさえあるかもしれない。時にはあなたは状況あるいは一式のルール(規則)を定義することによってデザイン(計画)することができる、だからあなたはプロセスを作動させうるんだ。時にはそれは使用されるためにそこにある、しかしむしろあなたはその引金を引かければならない。ベルリン・ヴォイドでは、私達は間の不完全なタイプを形作ったことよりも、住宅の観念的なタイプとこのような規範(観念)を採用することから始めた。なるほど確かに、既知の規範(観念)の「中間」を占める住戸がある。私達は観念主義と非観念主義を等しく扱おうとする。私達はそのアンチ・フォームによってフォームを据えようとする。