Krijn de Koning: Inside/Outside
NAi Publishers,Rotterdam

Krijn de Koning
http://www.krijndekoning.nl/
http://images.google.co.jp/images?client=firefox-a&rls=org.mozilla:ja-JP-mac:official&channel=s&hl=ja&q=Krijn%20de%20Koning&lr=&um=1&ie=UTF-8&sa=N&tab=wi
You Tube(Krijn de Koning)
http://jp.youtube.com/results?search_query=Krijn+de+Koning&search_type=&aq=f

P.56
Krijn de Koning:あなたは空間の中に完全に斜めに立っている部屋を作り、切り込まれた壁があり、それは既にそこにあるもので、今あなたは驚きで捉えられる。

P.58
Krijn de Koning:あるいはあなたはまさに色を使っている何かや、あなたが合理的に解釈することができないがそれでもなお特別な機能や効果を持っている純粋で抽象的な感覚を作ることができる。幾つかの状況はある種の作品(取り組み)を要求する。信じられないくらい厚い煉瓦の建物で、私がその中に幾らかの光を入れることを許す為に一対の開口部を切り出しとてもシンプルな木製の床を敷いたユトレヒトの中央美術館の為の作品は、シンプルである上に完全に謎めいていて変化させられた空間、つまり完全にかつての空間とは異なっている空間を創り出している。しかし各々のすべての状況は異なった作品(取り組み)を要求する。私は私の作品の中では現実的だ。時々混沌は最も適切である、何故なら空間はそれを要求するから、あるいはそれを導入することは刺激的だからだ。

P.87
Krijn de Koning:すべてのこれらの感覚は創造された現実から生じる。そしてこの様な何かがアートと呼ばれ、人々がそれを見に来るということはまだ素晴らしい(驚くべき)ことだ。これらの人々はこの空間を見る為に内部に入る。彼らは彼らが街路に沿って歩いているような方法では見ないが、彼らが内部に入った時にその様な方法で見る。

→デリダの様に脱構築的操作によって当り前と思っていた既存のルールの不在を現象させることによって、何か感覚を生み出すこと。またバルトの様に「意味するもの」と「意味されるもの」の当り前の関係を宙吊りにして、何か感覚を生み出すこと。(井戸)

Jacques Derrida(ジャック・デリダ)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%87%E3%83%AA%E3%83%80
Roland Barthes(ロラン・バルト)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%AB%E3%83%88

Rutger Wolfson:あなたはあなたの作品を人々が街路から外れてそれらの周りを見て回る様に助長する為に使おうとも努力しているのですか。

Krijn de Koning:はい、にもかかわらず私はこれがトリッキー(ずるい、巧妙)であると見つける。私達は私達の注意を惹き付ける空間的な物事に私達の視覚を限定させることに慣らされている。そしてそれは大抵室内である。もし私が大きな壁を空間の入口に置けば、これは直ちに来訪者に警戒させる。彼らはそれらが何処で壁に支えられているのか、如何にそれらが見られるべきかと不思議に思う、つまり彼らは直ちに美術館を訪れアートを見るための外出のフィジカル(物質的、物理的、身体的)な制限を感じる。

Rutger Wolfson:私はあなたの作品のこのコミュニケーションの側面はとても独特であると思う。それは本当に観察者に向けられている。

Krijn de Koning:それはまさに同じくらい容易に変化できた。過去において私はアートがコミュニケーションであり私はこの様にして他者の為に私の作品を作っていると思った時期があった。私の経歴の別の段階において私はアートが好きでアートは重要であると思ったから私はアートの作品を創っていると考えていた。私、Krijn de Koningは、アートの作品を作る。それは私を惹き付けそれが私がしたいことだ。それがすべてだ。しかし時間が経つにつれて私はまたこのアイデア(考え)の限界を見て再び自己表現としてのアートの価値を問い始めた。

Rutger Wolfson:もし私があなたの作品の最も独特な特徴として知覚するものを正確に指摘しなければならなかったならば、それはそのフィジカルな質だろう。これについてあなた自身どのように思いますか?

Krijn de Koning:私の作品は物事を見ることについてのものであり、条件付けられたあるいは分析的な方法においてではなく、ある感覚の中で、フィジカルに物事を見ることについてのものである。あなたはある大きな赤いサーフェス(表面)としてある大きな赤いサーフェスを見るが、あなたがそれを見ている方法はとてもフィジカルだ、つまりあなたはあなたの目でそれを見ているが、それはまたあなたの手や、あなたの腹に変化をもたらす。この見ることの方法はここかしこにある何かである。

Maurice Merleau-Ponty(モーリス・メルロー=ポンティ)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%A1%E3%83%AB%E3%83%AD%E3%83%BC%EF%BC%9D%E3%83%9D%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%A3