Conversations with Mies van der Rohe
Moises Puente,editor
Princeton Architectural Press
Mies van der Rohe(ミース・ファン・デル・ローエ)
http://images.google.co.jp/images?client=firefox-a&rls=org.mozilla:ja-JP-mac:official&channel=s&hl=ja&q=Mies%20van%20der%20Rohe&lr=&um=1&ie=UTF-8&sa=N&tab=wi
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%87%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%82%A8
You Tube(Mies van der Rohe)
http://jp.youtube.com/results?search_query=Mies+van+der+Rohe&search_type=&aq=f
P.33
質問者:あなたも知っての通り、あなたの作品を精神においてクラシカル(古典的)であるものとして今参照する人々は、アメリカにおける建築の伝統は、少なくとも過去百年間においては、ロマンティックで反古典主義的であり、フランク・ロイド・ライトの場合では有機的であり、ヘンリー・H・リチャードソンの場合では実にロマンティックであったとも言う。あなたの建築は、とにかくある種動くものとは対立するある種定着したものでありアメリカのテーマの様に思われるアメリカの建築の基本的な動機と相容れないとあなたは感じませんか?
Frank Lloyd Wright(フランク・ロイド・ライト)
http://images.google.co.jp/images?um=1&hl=ja&lr=&client=firefox-a&channel=s&rls=org.mozilla%3Aja-JP-mac%3Aofficial&q=Frank+Lloyd+Wright&btnG=%E3%82%A4%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%82%B8%E6%A4%9C%E7%B4%A2
Henry H. Richardson(ヘンリー・H・リチャードソン)
http://en.wikipedia.org/wiki/Henry_Hobson_Richardson
P.34
Mies van der Rohe:私はそれについては決してそのように考えたことがない。それに私は本当に危険だと思う。あなたも知っての通り、私達はヨーロッパ、イギリスにウィリアム・モリス、つまり幾らかのアーツ・アンド・クラフツの人々の伝統を持ち、私達はドイツでも同じ様な伝統を持っている。私達は実ににロマンティックだった。私は主要な違いは19世紀に大いなる混同があったことだと思う。あなたはそれは民主主義の段階であると言うことができるかもしれないが、しかし、民主主義は混同されるべきではない。
William Morris(ウィリアム・モリス)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%A2%E3%83%AA%E3%82%B9
質問者:もしあなたがバルセロナ・パビリオンをIITでの最初の建物と比較するのであれば、バルセロナ・パビリオンはとても強い一掃を持っていた。それは殆ど動いている建物で、少なくともそれが写真の中でそれが見える状態である。IITの建物はとても静的(ゆるぎない)であり、より明晰である。それらはそこに立っているオブジェクト(客体)であり、それら自身の中に完全に囲い込まれている。あなたはこれらの二つの建物の間に事実上変化があるとは感じないのですか?
Barcelona Pavilion(バルセロナ・パビリオン)
http://images.google.co.jp/images?client=firefox-a&rls=org.mozilla:ja-JP-mac:official&channel=s&hl=ja&q=Barcelona%20Pavilion&lr=&um=1&ie=UTF-8&sa=N&tab=wi
Mies van der Rohe:いいえ。もしあなたが憶えているのなら、私は、私が街路の殆どを取り去ったそのキャンパス(それは建てられていない)の為に一つのデザイン(計画)をした、だから私はそこに自由に建物を置くことができた。私は学長であるヘンリー・ヘアルドに話された、それはその時為されえないと。それらは街路を取り除く為にずっと後になるまで私を許さなかった。だから私は過去と立ち向かっていた、つまり私は普通のブロック・パターンでプラン(計画)を発展させなければならなかったので、そうした。あなたはそれについて十分にすることができない。そしてまた他の問いが生じる。動いているものを作ること、それは近代建築にとって、建物にとってハンディキャップではないのか?私達は学校の建物を建てなければならなくて、私達はそれらが何に使われるのかしばしば知らなかった。だから私達はこれらの建物を教室として作業室としてあるいは実験室として使用することができるようにするシステムを見つけなければならなかった。
→ミースはまさしく、モダニズム的な観念的な空間(白紙のユークリッド空間)をまず作り出し、そこにオブジェクト(客体)である建物を浮遊させた。あくまで観念的な空間の世界である。コールハース/OMAはIIT Campus Centerで、ミースが一掃した街路を重ね合わされた斜めの動線として反転させる。通常動線とは「予定調和的な飼い馴らされた機能主義」=「一般的に信仰されている機能主義」では、グリッド状にある平面状の直角の経路の最短距離の移動空間であり、二次的空間でもある。機能主義を真に追求すると3次元上の2点間の最短距離となり、グリッドや平面(つまりユークリッド空間)に飼い馴らされない。コールハースは近代的信仰に対するアイロニーを計画がドライブしはじめる最初のルールにする。と同時にそれもまた一つのルールに過ぎないというフィクション「でっちあげ」であり、近代的な空間(形而上学的な空間)をデリダのごとく脱構築する。観念的な空間も一つのフィクションに過ぎないということ。いくつものロゴス(神の声、ルール)を響かせるということ。(井戸)
Rem koolhaas/OMA IIT Campus Center
http://images.google.co.jp/images?client=firefox-a&rls=org.mozilla:ja-JP-mac:official&channel=s&hl=ja&q=IIT%20Campus%20Center&lr=&um=1&ie=UTF-8&sa=N&tab=wi
P.35
質問者:あなたのユニバーサル(普遍的な)・スペース、今日あることの為に使われる建物は今から10年や20年経った時時々完全に異なっているという考えについて時々提唱されることの内の一つは、アメリカの経済は建物の急速な老朽化に依拠しているので、人々は仕事をし続けることができるというものだ。あなたはユニバーサルな種類の建築の考えはある種の加速された老朽化の考えへの脅威だと思いますか?
Mies van der Rohe:最初に、言わせてもらいたい、私は急速な老朽化の考えはとてもおかしな考えであると思う。私はそれはよい考えであるとさえ思わない。私は老朽化は一種の言い訳であると思う。私はそれは現実の事実だと思わない。寿命まで持ちこたえる必要のないものもある。例えば、このスーツだ。昔は、私達は結婚したとき一つのスーツを新調し、私達はいつもそれを永遠に保った。他には私達は作業服しか持っていなかった。それが永遠に続くことはもはや必要ではない。取り換えられることができ取り換えられるだろう必然性のものがあるが、私は建物が取り換えられるのかどうか・・・不思議に思う。いいや、私達は道理をわきまえているべきであると私は思う。あなたはピラミッドのように数千年も耐えるように建てなくてもよい。しかし、建物はそれが存続することができるかぎり長く存続するべきである。それをまさに仮のものにする理由なんてない。その場合、それらはテントを建てるべきだ!