The World of Madelon Vriesendorp: Paintings/Postcards/Objects/Games
Architectural Association

Madelon Vriesendorp(マデロン・ヴリーゼンドープ)
http://en.wikipedia.org/wiki/Madelon_Vriesendorp
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→マデロン・ヴリーゼンドープはレム・コールハースの奥さんで画家でありOMA設立メンバーの内の一人、コールハースの著書「錯乱のニューヨーク」の表紙の「現行犯」という絵画等が有名で、OMAの初期の案は彼女の絵画の印象が強い。今のところ僕の印象として初期のOMAはレム・コールハースが言葉や執筆等の理論で、マデロン・ヴリーゼンドープが絵画で、エリア・ゼンゲリスとゾエ・ゼンゲリスが実務担当、それにコールハースの教え子のザハ・ハディドが参加したという印象だ。コロミーナはエル・クロッキーでコールハースにインタヴューしているが、コルビジュエの様に(彼女の主著「マスメディアとしての近代建築」の様に)インタヴューを通じてOMAについての著書の下調べをしているのだろうか?(井戸)

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ビアトリス・コロミーナによるマデロン・ヴリーゼンドープへのインタヴュー
ノン・シリアス(不真面目)の科学

Beatriz Colomina:マデロン、一言で言うとあなたの作品はどのように説明できますか?

Madelon Vriesendorp:ふーん。それはすべてのことのシリアスなこと(まじめなこと、重大なこと)とノン・シリアスなことの重要性についてのものである。

Beatriz Colomina:それでは、まさにシリアスなものから始めましょう。あなたは戦争(第二次世界大戦)の終わりに生まれましたね。

Madelon Vriesendorp:はい、1945年です。2ヶ月前に戦争は終わっていました。3月12日、私の誕生日は12345なのよ!

Beatriz Colomina:ワーオ!それは何かを意味しているに違いないですね。あなたの子供時代は戦争と破壊の記憶に影響を受けましたか?

Madelon Vriesendorp:私達はみんな影響を受けた、私の家族全員も、私達人間全体が。私達はみんなまだあの戦争に影響を受けている。私達はみんな不足、ビタミン不足やものの不足を抱えていた。

Beatriz Colomina:あなたは兄弟や姉妹が何人いますか?

Madelon Vriesendorp:私は3人の兄と姉と継父の兄がいます。

Beatriz Colomina:あなたが一番若いの?

Madelon Vriesendorp:そう。

Beatriz Colomina:あなたは私にかつて、何年か前に尋ねました、私の家族の中の私の位置は何かと。それからあなたは如何に誕生(出生)のオーダー(順序)が説明(明白に、解釈)されるのか、その人は誰なのかについての全体としての理論を持った。私はそれまで決してそのような理論を聞いたことがなかった。

Madelon Vriesendorp:私はいつも家族の中でのあなたの位置がとても重要であると考えてきた。

Beatriz Colomina:それはあなたにどのように影響を与えたと思いますか?

Madelon Vriesendorp:そうねえ、私はいつも赤んぼでその為に私はいつもより多くの自由を持っていた。あなたは決してシリアスに(まじめに)受け取られない。末っ子としてあなたはいつも物事についてシリアスであることを避けることができた。それは泥棒であることによって非難され、それが違いをなさない為に突然盗み始める人の様だ。だからシリアスでないことによって非難されることは私にシリアスになる為ではない自由を与えてくれた。

Beatriz Colomina:それであなたは幸せ?

Madelon Vriesendorp:ええ、なぜならそれはいつも私に私がまさに永遠に遊び続けることができる感情を与えてくれたから。

Beatriz Colomina:しかし、あなたがしてきた物事のいくつかはシリアスに重要であり、あたなはそれらを十分シリアスに捉えているようには思えない。それは何故?

Madelon Vriesendorp:それはシリアスさのこの全体としての世界があなたがいつもまさにちっぽけな存在である為にあなたがあこがれることができる何かではないからである。

Beatriz Colomina:あなたの母はオランダでは良く知られた執筆者でしたね。

Madelon Vriesendorp:ええ、彼女は有名人でテレビのパーソナリティーだった。

Beatriz Colomina:彼女はどのような種類の執筆を書いたの?

Madelon Vriesendorp:彼女はジャーナリストだった。彼女は新聞のコラムを抱えていて、そこで彼女は日々の思考、主として結婚とフェミニズムについて伝えていた。

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Madelon Vriesendorp:妙なことに、彼女は本当はフェミニストではなく、彼女の人生を通して単にワーキング・ウーマンだった。そして彼女はいつも忙しかったので、私は私がしたかったことをする為に子供として多くの自由を持っていた。