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John Pawson
PHAIDON

John Pawson(ジョン・ポーソン)
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P.13
John Pawson:月を眺める池越しに見ながら、伝統的な茶菓子とお茶とともに、桂離宮に座ることは、私をシンプリシティーに惹き付けるすべてのものの蒸留(抽出、抜粋、精髄)である。悪いものは何もない、ひとつもない、机も、盆も、眺めも、池も、ここに至るまでのプロセスも、そして再びここを去るプロセスも。すべてが完全である。それはあなたが西洋で文字通りの方法でこの完全性を再現することができるということを言っているのではない。日本のものにはない日本庭園についてのかすかに笑うべき何かがある。これらのことは、取り組むべき特定の時代と場所の為に為されなければならない。重要なのは特定の様式のディテールではなく、それはその後ろのセンシビリティー(感性)である。だからたとえミース・ファン・デル・ローエがいつも彼が日本について何も知らないと言っていたとはいえ、シカゴの郊外の、ファンズワース邸は、文字通りの方法で如何なる日本の単一のピース(一部)も複製することなく、見受けられる限り日本的なその純粋と洗練の中に浮んでいるパビリオン(東屋)である。それはそのなかば田舎的なイリノイの場所とその家庭的な使用のために完全に正しい(適切な)ままだ。

Mies van der Rohe(ミース・ファン・デル・ローエ)
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John Pawson:ミニマリズムはもっぱら世界に対する日本的見方に基づいているというアイデア(考え)はまさにある種のモダニズムの派生物(支流)としてそれを提示するのと同じくらい不適当なミニマリズムの見方である。今なお日本ははっきりした(独特な)美的感覚を提示していて、一つは、数年間そこに暮した後、確かに私の世界の見方に影響を与え、いつも日本人が「わび」と呼ぶもの、自発的に貧しいことの質を探し求めることを選んできた日本の外部のそれらがあった。「わび」は、静寂の生活と俗心からの隠棲を擁護する美的で道徳的な原則である。それはシンプリシティーと質素の美に価値を置き、平静とそれに付属している超越を探し求める。「わび」は、所有と消費の過剰が、生活を豊かにするよりもむしろ実際に減少させる重荷であるという見方を表わす。

P.14
John Pawson:乱雑の不在は、考える為のそしておそらく理解する為でさえもの余地を提供する。
12世紀の日本の文筆家は、それを自由の感覚(意味)と同義語にしながら、貧しいことの中に見つけられるポジティブな(明確な、肯定的な、実在の)質を探し求めていた。それは特に、茶の湯の最も偉大な大家でありrakuwareとして知られるシンプルで粗い黒い茶碗を使っていた千利休によって美的なセンシビリティー(感性)として発展させられた。千利休の姿勢は、おそらく4世紀前の日本の黄金期に彼らがしたよりも、大いに変わった状況とはいえ、今日、よりもっと直接的な関連を持っているだろう。
これは人類の存在の5千年を貫通している連続(糸、脈略)であり、それは古代エジプトのピラミッドやシチリアの古代ギリシャの神殿の古典主義を、シトー会修道士の修道院やシェーカー教徒によって作られた家具と結び付ける