Picture of Architecture-Architecture of Picture
A Conversation between Jacques Herzog and Jeff Wall,moderated by Philip Ursprung

P.23
Wall:私は私達が現代的と呼んでいるものは本当はそんなに古くないのかもと思っている。「新しさ」はハプニングを保ち、私は「新しさ」と私達が呼んでいるものが、過去への長い道程であることを見つけられると感じている。これはなぜ過去のアートが私達に利用できるいくつかの批評的な方法の中で残っているかについての私の感覚と関係しているはずだ。「新しさ」は既に以前に起こっている。

P.25
Wall:私の写真では私はそれを私達が住んでいる実際の環境のように、私達の努力と間違いすべての結果として、知覚するようにしようとしている。私はそれは見るための重要な方法であると考えていて、建築家も時々同じ方法で見る事を知っている。「ラスベガスから学ぶこと」へ挑戦しようとする彼らの感覚からは部分的には外れながらも、ヴァナキュラーなものから学ぶ為に。ヴァナキュラーについての重要なことの一つは、印象的でないということであり、普通であり、普通よりもむしろ悪いということである。それが私が「新しい」と呼んでいるものの重要な現象だ。

Herzog:昨夜、私はあなたの有名な写真「No and trying to figure out what type of city it shows」(P.20)をスタディーしていた。
それは歴史を獲得していく過程の年を経て不可避的に現れるスペシフィックな特徴がすべてない都市である。あなたの写真の中であなたは如何なるスペシフィックな都市も参照しないアノニマスな(匿名な)コンテキストへ向かっていこうとしているようだ。